浮世絵にこんなに深い意味があったとは知りませんでした。
江戸時代の浮世絵師、葛飾北斎は富士山を題材にとった46点の連作版画『富嶽三十六景』(1831年頃)を描いた。制作当初はその名の通り36点で完結するはずであったが、人気を博したため10点が追加された。なかでも富士山の雄大な姿を描いた作品として『凱風快晴』、『山下白雨』がよく知られており、それぞれ俗に、赤富士・黒富士の名で親しまれている(『富嶽三十六景』には、上記の他にも波の大胆な描写で知られる『神奈川沖浪裏』などの傑作がある)。歌川広重(安藤広重)の『東海道五十三次絵』でも、富士山を題材にした絵が多く見られる。
その他日本画
浮世絵に限らず、日本画全般の題材として「富士見西行」がある。巨大な富士山を豆粒のような人物(僧、西行法師)が見上げるという構図で、水墨画や彫金でも描かれている。
また日本画家・横山大観、片岡球子などは富士山を好んで描いている。
富士山と文学
すでに見たように、富士山は和歌の題材としてよく取り上げられる。
万葉集には山部赤人の「田子の浦ゆうち出でてみれば真白にそ(ぞ)富士の高嶺に雪は降りける」(巻3・318)という富士山を歌った有名な反歌があるが、その次に作者不詳の長歌があり、その一節に「・・燃ゆる火を 雪もち消ち 降る雪を 火もち消ちつつ・・」(巻3・319・大意「(噴火の)燃える火を(山頂に降る)雪で消し、(山頂に)降る雪を(噴火の)火で消しつつ」)とあり、当時の富士山が火山活動を行っていたことがうかがえる。
『新古今和歌集』から。富士の煙が歌われている。
風になびく富士の煙の空にきえてゆくへもしらぬ我が心かな 西行 (#1613)
また『竹取物語』では、大勢の武士を登山させて、かぐや姫が時の天皇に贈った不老不死の薬を、天に一番近い山(富士山)の山頂で燃やしたことになっている。それからその山はふじ山(富士山・不死山・不尽山)とよばれるようになった、と命名説話が残っている。
引用『ウィキペディア(Wikipedia)』
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